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大阪地方裁判所堺支部 平成3年(ワ)514号 判決

原告

甲野春子

甲野夏子

右法定代理人親権者

甲野春子

原告

甲野一郎

右法定代理人親権者

甲野秋子

原告

甲野二郎

甲野冬子

右原告ら訴訟代理人弁護士

竹岡富美男

金子利夫

被告

右代表者法務大臣

後藤田正晴

右指定代理人

野中百合子

外八名

主文

一  被告は、次の各金員を支払え。

(一)  原告甲野春子に対し、金二〇六〇万四九三二円及びこれに対する平成三年六月一五日から支払済まで年五分の割合による金員

(二)  原告甲野夏子及び同甲野一郎に対し、各金一一六五万三九六五円及びこれに対する平成三年六月一五日から支払済まで年五分の割合による金員

(三)  原告甲野二郎及び同甲野冬子に対し、各金八〇万円及びこれに対する平成三年六月一五日から支払済まで年五分の割合による金員

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告甲野春子に対し三八三五万〇二八七円、同甲野夏子及び同甲野一郎に対し各二〇四七万六六四三円、同甲野二郎及び同甲野冬子に対し各二七五万円、及び、原告らに対し右各金員に対する平成三年六月一五日から各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  亡三郎の服役、本件事故の発生

訴外亡甲野三郎(以下「亡三郎」という。)は、平成元年二月一日津地方裁判所において傷害致死罪により懲役四年に処せられ、同年三月二二日から、愛知県西加茂郡三好町所在の名古屋刑務所に服役し、同刑務所内第五B工場(以下「第五B工場」という。)において銑鉄溶解作業に従事していたもので、平成二年六月一九日からはキューポラ班の班長を命ぜられていた。

亡三郎は、同年八月一五日午後三時ころ、同工場東側出入口付近の屋外の鉄板上に置かれた工場用扇風機(電圧―三相交流二〇〇ボルト、使用電力―三〇五ワット。以下「本件扇風機」という。)を片付けるため、本件扇風機とコードに触れたところ、コードの絶縁不良部分(本件扇風機の脚部巻付け部分から1.53メートルの位置)が同人の右前腕内側に、アース良好な状態にあった本件扇風機の脚部が同人の右膝部にそれぞれ触れて感電し、その結果、亡三郎は、同日午後四時二分ころ、同県豊田市内所在の加茂病院において死亡した(以下「本件事故」という。)。

2  被告の責任

(一) 主位的請求(国家賠償法二条一項)

本件扇風機は、名古屋刑務所内の刑務作業に供されていた公の営造物である。第五B工場には一七台の扇風機が配置されていたが、本件扇風機を除くその余の扇風機は、すべて長さ約二メートルの本来のコードのまま使用されていたところ、本件扇風機だけが、脚部巻付け部分から1.53メートルの位置で、太さの違う別規格のコード(本件扇風機の本来のコードは直径七ミリメートルであったが、繋ぎ足したコードは直径九ミリメートルであった。)を繋ぎ足し、全長約8.85メートルのコードとして使用されていた。これは、亡三郎の前任のキューポラ班班長であった訴外K(以下「訴外K」という。)において、平成元年六月ころ、溶解炉(以下「キューポラ」という。)のハンドル操作場所で本件扇風機を使用するのに、本来のコードのみでは不便であったことから、岡田勇保看守部長(以下「岡田部長」という。)の許可を得て、訴外K自ら電気コードの接続を行ったものである(なお、同人は電気工事の資格を有していなかった。)。

そして、その後の使用の結果、右接続部分(以下「本件接続部分」という。)に巻かれた外側の絶縁テープが部分的に擦り減り、内側の白色テープの粘着力が劣化するなどして、その部分が絶縁不良の状態となっており、そのために亡三郎が感電死したことは明らかであるから、本件扇風機は通常備えるべき安全性を欠いていたというべきであり、本件扇風機の管理に瑕疵があった。

(二) 予備的請求(同法一条一項)

刑務官は国の公権力の行使にあたる公務員であるところ、本件事故は名古屋刑務所の刑務官の指導監督下にある刑務作業中に発生した。そして、本件事故の発生については、名古屋刑務所の刑務官には次にのべるとおりの過失があった。

(1) 電気コードの修理、点検を怠った過失

受刑者を刑務作業に従事させる場合、刑務作業は強制作業の性質を有し、作業の内容、種類、方法、態様、用具の選択等について受刑者の自由に委ねられる範囲はほとんどないのであるから、刑務官は、一般社会において同様な作業を実施する場合と比べて、より徹底した事故防止のための措置をとらなければならない。

電気の生体への障害作用は、電圧だけではなく、生体自身の持つ電気抵抗及び靴、衣類等の間接物の持つ電気抵抗によっても決められ、これにつれて電流量も変化する。すなわち、弱い電圧であっても電気抵抗の違いによって死に至ることがあるのであるから、電気器具や電気コードの管理(修理、点検等)は専門家によって厳密に行われる必要があった。

前記のとおり、本件接続部分は、平成元年六月ころ、電気工事の資格のない訴外Kが接続したものであって、それは、直径七ミリメートルと直径九ミリメートルという規格の違うコードを接続したり、キューポラの湯(銑鉄)が飛んだりしてコードが損傷しやすい環境下で約6.8メートルもの長いコードを接続するなど安全性のうえで問題のあるものであった。しかるに、本件接続部分については、電気に関して全くの素人である岡田部長が接続部分に巻かれたテープを接続直後に確認した程度であって、電気技師等が点検したことはなく、その後定期的な検査も行われていなかった。

右の電気器具やコードの管理を専門家に行わせる必要性、コードの接続状況及び本件扇風機が使用されていた場所的環境などに照らせば、岡田部長あるいはその上司の刑務官は、専門家たる電気技師等にコードの修理、点検を求めるべきであった。それにもかかわらず、右刑務官らは、電気技師等にコードの修理、点検を求めることもなかったため、本件接続部分が絶縁不良の状態となったまま放置され、その結果本件事故が発生したのである。

よって、岡田部長ら名古屋刑務所の刑務官らには、受刑者の作業中の事故発生を未然に防止するための注意義務違反があった。

(2) 安全教育不十分の過失

本件事故は、訴外T(以下「訴外T」という。)がソケットプラグを抜かないまま本件扇風機を移動させたことにも原因があるが、同人は扇風機を移動させる際プラグを抜かなければならない等の指導は受けていなかった。

名古屋刑務所の刑務官らは、刑務所内の工場において二〇〇ボルトの扇風機が使用されていたにもかかわらず、受刑者に対して電気器具の危険性や取扱についての安全教育を施すことを怠っていた過失があった。

3  損害

(一) 亡三郎の損害

七四七〇万六五七五円

(1) 逸失利益

五四七〇万六五七五円

亡三郎(昭和三七年六月六日生、死亡当時二八歳)は、本件事故発生当時受刑中であったが、過去に会社勤めの経歴があり(服役前は、有限会社○○タイムスに勤務していた。)、更生の意欲を有し、出所後の就職先も内定していたから、本件事故がなければ、遅くとも満期出所(刑期終了予定日は平成四年一一月一二日であった。)後の平成五年一月ころ(三〇歳)から稼働し、中学校卒業の学歴を有する者の平均賃金に相当する収入を六七歳まで得ることができた。平成元年賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計の小学・新中卒で年齢三〇歳の男子労働者の平均年収額は三七八万九二〇〇円であるから、これを基礎として生活費として右年収額の三割を、就労可能年数三七年に対応する新ホフマン係数20.625により中間利息を控除すると、亡三郎の逸失利益は五四七〇万六五七五円となる。

3,789,200×(1−0.3)×20.625

=54,706,575

(2) 慰謝料 二〇〇〇万円

(二) 原告甲野春子、同甲野夏子及び同甲野一郎らの相続

原告甲野春子(以下「原告春子」という。)は亡三郎の妻であり、同甲野夏子(以下「原告夏子」という。)は亡三郎と原告春子との間に生まれた長女であり、同甲野一郎(以下「原告一郎」という。)は亡三郎とその先妻甲野秋子との間に生まれた長男である。

亡三郎の損害金について、原告春子は亡三郎の配偶者としてその二分の一の三七三五万三二八七円を、同夏子及び同一郎は亡三郎の子としてその各四分の一の各一八六七万六六四三円を、それぞれ相続により取得した。

(三) 原告春子の損害(葬儀費用)一〇〇万円

(四) 原告甲野二郎及び同甲野冬子の損害(慰謝料)

各二五〇万円

亡三郎は原告甲野二郎(以下「原告二郎」という。)及び同甲野冬子(以下「原告冬子」という。)夫婦の一人息子であり、同原告らは亡三郎を本件事故により失い多大な精神的苦痛を被った。右精神的苦痛を慰謝する金額としては各二五〇万円が相当である。

(五) 損益相殺

原告春子は、平成三年四月五日、監獄法に基づく特別手当金として三四〇万三〇〇〇円を受領した。

(六) 弁護士費用

原告らは、原告ら訴訟代理人らに本訴の提起及び追行を委任し、本訴請求金額の約一割相当額(原告春子について三四〇万円、同夏子及び同一郎について各一八〇万円、同二郎及び同冬子について各二五万円)を弁護士費用として支払うことを約した。

(七) 原告らが取得した損害賠償請求権の額

以上により、原告らが被告に対して有する損害賠償請求権の額は、原告春子について三八三五万〇二八七円、同夏子及び同一郎について各二〇四七万六六四三円、同二郎及び同冬子について各二七五万円となる。

4  結論

よって、原告らは、被告に対し、主位的に国家賠償法二条一項に基づき、予備的に同法一条一項に基づき、原告春子について三八三五万〇二八七円、同夏子及び同一郎について各二〇四七万六六四三円、同二郎及び同冬子について各二七五万円及び右各金員に対する本訴状送達の日の翌日である平成三年六月一五日から各支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(一)の事実のうち、本件扇風機が名古屋刑務所内の刑務作業に供されていた公の営造物であること、本件事故発生当時第五B工場に一七台の扇風機が配置されていたこと、本件扇風機のコードが本件接続部分で直径七ミリメートルのコードに直径九ミリメートルのコードを繋ぎ足して約8.85メートルの長さとなっていたこと、訴外Kが平成元年六月ころキューポラのハンドル操作場所で本件扇風機を使用するのに不便であったことから、岡田部長に申し出てコードの接続作業を行ったこと及び本件接続部分に絶縁不良部分があったこと(但し、名古屋刑務所職員が電気コードの絶縁不良を認めたのは、本件事故発生後である。また、原告ら主張にかかる絶縁テープの状態は本件事故発生後のものであって、本件事故発生前においては、右テープは擦り切れていなかった。)は認めるが、その余の主張は争う。

3  請求原因2(二)の事実について

冒頭記載の事実のうち、刑務官が国の公権力の行使にあたる公務員であること、本件事故が刑務官の指導監督下にある刑務作業中に発生したことは認めるが、その余の主張は争う。

(1)の事実のうち、刑務作業が強制作業であること、電気の生体への障害作用が原告ら主張のとおりであること、本件接続部分が、平成元年六月ころ、訴外Kによって、直径七ミリメートルのコードに長さ約6.8メートル、直径九ミリメートルのコードを接続したものであったこと、接続直後、岡田部長が接続部分を確認したこと、本件接続部分に絶縁不良部分があったことは認めるが、その余の主張は争う。

(2)の事実のうち、本件事故の際、訴外Tが本件扇風機のソケットプラグを抜かないまま移動させたことは認めるが、その余の主張は争う。

4  請求原因3の事実について

(一)(1)の事実のうち、亡三郎が昭和三七年六月六日生まれで死亡当時二八歳であったこと、同人が本件事故発生当時受刑中であったこと、刑期終了予定日が原告ら主張のとおりであったことは認めるが、同人が過去に会社勤め歴を有していたことは知らない。同人の就職が内定していたこと及び同人に逸失利益があるとの主張は争う。

亡三郎は、二〇歳ころから大阪市内の暴力団に加入し、二二歳ころからは三重県伊勢市内の暴力団に所属していたものであり、昭和六三年八月九日に他の暴力団員を死傷させたことにより前記の判決を受けて名古屋刑務所に服役中であった。亡三郎は、長期間にわたり正当な収入を安定して得たことはなく、一般的に無為徒食であると認められている暴力団員としての生活歴の方が長く、反社会性の根が深い者であった。右各事実に鑑みれば、同人の更生の余地は極めて低いといわざるを得ず、同人が将来正業に就いて社会的に正当な収入を安定的に取得し得たであろうとは認め難い。逸失利益とは、正規の労働が行われることを前提にしているから、それが確定し得ない亡三郎については逸失利益の存在は否定されるべきである。

また、原告らが損害額算定の基礎資料とする賃金センサスは、真面目に労働する勤労者の収入をまとめたものであるから、勤労者と同様に労働することが予想し得ない亡三郎の逸失利益算定の基礎資料とはなし得ないというべきである。

(一)(2)の主張は争う。

(二)の事実のうち、原告春子、同夏子及び同一郎と亡三郎との身分関係は認めるが、その余の主張は争う。

(三)の主張は争う。

(四)の事実のうち、亡三郎が原告二郎及び同冬子夫婦の長男であったことは認めるが(なお、同夫婦には亡三郎の外に長女花子がいる。)、その余は争う。亡三郎の妻子である原告春子、同夏子及び同一郎が亡三郎の慰謝料を承継したと主張している本件においては、原告二郎及び同冬子について固有の慰謝料を認める必要性はないというべきである。

(五)の事実は認める。

(六)及び(七)の主張は争う。

三  被告の主張

1  本件事故発生に至る経緯について

(一) 本件事故が発生した第五B工場は、鋳物製造工場である。同工場における作業手順は、予め鋳型を造り、キューポラ内でコークスを燃やして溶解させた銑鉄(以下「湯」という。)を右鋳型の中に流し込んで鋳物製品を製造し、その後製品を研磨して出荷するというものである。

同工場は、名古屋刑務所が被収容者の労務を提供し、業者が生産に必要な機械器具(扇風機を含む。)、材料等を提供して作業を行っていたもので、業者からの提供物品の管理は刑務所において行うこととされていた。本件事故発生当時は、亡三郎を含めて三七名の受刑者が就業していた。

(二) 本件事故発生当日の同工場担当職員は岡田部長であり、同人が同工場における作業実施上の監督、戒護及び処遇にあたっていた。

亡三郎は、訴外T、訴外Y(以下「訴外Y」という。)及び訴外M(以下「訴外M」という。)の三名とともに溶解作業に従事していた。

キューポラ内で溶解した湯は、キューポラと前炉(湯つぼ)の間に設けられているトヨを伝って湯つぼに流れ込み、湯つぼに取り付けられているハンドルを操作して湯つぼを傾け、湯を運搬車に分配する仕組みとなっている。亡三郎は、キューポラ班班長として右ハンドル操作に従事していた。

岡田部長は、右ハンドル操作を行う場所が高温のキューポラに最も近い位置であったため、ハンドル操作を行う際には二台の扇風機を使用させていた。そのうちの一台(本件扇風機)は、亡三郎が専ら使用していたもので、湯出し作業開始前にキューポラ南側に置いて作動させ、同人の後方から送風していた。

(三) 本件事故発生当日の午後二時四〇分ころ、キューポラの湯口(湯がトヨに流れ出る穴)付近の状態が悪く、通常はトヨの横から静かに流れ出るノロ(湯の中に混ざっている不純物)が、火山の噴火のように吹き出し、そのままキューポラの運転を続けることが危険な状態になったため、山下作業指導員の意見に基づく岡田部長の指示により、キューポラの運転を停止し、湯出し作業を終了した。そこで、亡三郎は訴外Tに運転停止の合図をし、訴外Tは、送風機(キューポラ内に空気を送る装置)の運転を停止するため、そのスイッチが設置されているキューポラ東側の工場出入口南側に赴いた。

その際、訴外Tは、亡三郎が使用していた本件扇風機が片づけられていないのを認め、湯落し作業(キューポラの底蓋をはずして、キューポラ内の残材等を落とす作業)の際に本件扇風機が邪魔になると思い、作動していた本件扇風機の本体にある手元スイッチを切り、ソケットプラグを抜かないまま、本件扇風機を同工場東側出入口付近の屋外に勝手に運び出した。訴外Tが本件扇風機を置いた場所付近は、銑鉄等を運ぶ一輪車の通路として使用されていたため、路面補強の目的から二枚の鉄板が敷かれており、たまたまこの鉄板上に本件扇風機の脚一本が乗せられたため、アース良好な状態となった。

(四) 湯落し作業、散水作業の終了後、亡三郎は、岡田部長の指示により、キューポラの湯口からノロが異常に吹き出した原因を調べ、その結果を岡田部長に報告した。亡三郎は、その後、訴外Mに「ちょっと水をかぶってくるわ。」と言って屋外へ出た。

午後三時ころ、亡三郎と訴外Tは、屋外の水道が設置してある場所に赴き、先に水を使用し始めた訴外Tが何気なく後方を振り返ってみたところ、亡三郎は本件扇風機のコードを手に持ってそのモーター部にコードを巻き付けようとしていた(なお、同人の衣服等は水で濡れていた。)。次いで、訴外Tは、水を飲もうとして水道に取り付けてあるホースに口を近づけた瞬間、「Tさん。電気、電気」という亡三郎の声を聞いた。訴外Tが振り返ったところ、亡三郎は、革手袋をはめた右手にコードを持ち、両膝を前に突き出すように軽く曲げ、引きつけを起こしたような姿勢で今にも倒れそうに上体を反らして立っていた。また、キューポラ南側付近にいた訴外Yは、亡三郎の「抜いて―」という声を聞き、声のした方を見ると、亡三郎は、中腰で両膝を前に折り曲げ、両肘を少し曲げて前に突き出すような姿勢で、本件扇風機を両手で抱えるようにしていた。

訴外T及び同Yは、直ちに本件扇風機のソケットプラグを抜き、亡三郎の近くに駆けつけたところ、亡三郎は頭を南向きにして両手を頭の方に出した格好でうつ伏せに倒れていた。

2  亡三郎の死亡原因について

本件事故発生の翌日である平成二年八月一六日、名古屋大学医学部法医学教室において、亡三郎の遺体を解剖した結果、同人の右前腕部と右膝部とに電流斑が認められたため、死因は電撃死であると判明した。

右各電流斑は、本件接続部分及び本件扇風機の鉄製三脚が電気端子となって、亡三郎の右前腕部及び右膝部にそれぞれ付着したもので、本件扇風機の三脚のうちの一脚が鉄板(縦1.58メートル、横1.22メートル)の上に置かれ、その鉄板の下の地面が水で濡れアース良好な状態になっていたことから、亡三郎の右前腕部の電流斑と右膝部の電流斑とが交互に電流の出入口となり、多量の電流が同人の体内に流れる結果となったものと推測される。

3  国家賠償法二条一項の責任について

(一) 営造物の設置・管理の瑕疵については、通常有すべき安全性の欠如及び管理可能性に分析して検討されるべきものであって、営造物に不良な箇所があったとしても、それが直ちに瑕疵にあたる旨の原告らの主張は短絡的である。

(1) 通常有すべき安全性の欠如は、通常の用法とのかかわりにおいて予測される危険性に限定され、通常の用法との関係において安全性を欠くときにのみ瑕疵があるというべきである。本件扇風機についていえば、瑕疵があったか否かは、その利用状況等の実態を考慮して、社会通念により、具体的に判断されるべきである。

本件事故発生前において、本件接続部分から漏電が生じていたとしても、それは、亡三郎がかねてより「ビリビリ来る。」と表現していたように、電気を感知する程度としては微弱なものであった。また、亡三郎は、キューポラ班の班長として就業していたもので、一般成人男子として十分な判断能力を有しており、かつ、電気器具の取扱方法の教育を受けていた。したがって、同人が身体の濡れた状態で本件扇風機に触れることがなければ、本件接続部分に同人が触れたとしても、死亡にまで至ることはなかったのである。すなわち、本件接続部分の絶縁不良は微小な不良であったのであり、本件扇風機に通常有すべき安全性の欠如があったとはいえない。

(2) 管理可能性とは、営造物管理者が安全性の欠如につき守備範囲内のものとして客観的に管理可能であったか否かの判断を意味し、具体的には、予見可能性と回避可能性の判断が含まれ、事故発生時がその判断の基準時となる。

本件扇風機本体の漏電は、本件事故後でさえ計器による測定では検出できず、また、本件接続部分の外観も、本件事故前では擦り切れさえなかった状態であった。漏電の兆候を発見し得たのは、本件扇風機を実際に使用していた亡三郎だけであったところ、同人は、本件事故前に漏電の兆候を感知していたにもかかわらず、その報告をしていなかった。右の事実からすれば、漏電の兆候の報告を受けていなかった刑務所側にとっては、本件扇風機の安全性の欠如につき予見可能性も回避可能性もなかったというべきである。

以上から、本件扇風機の管理に瑕疵はなかった。

(二) 仮に本件扇風機の管理に瑕疵があったとしても、本件接続部分の漏電は微弱なものであり、通常であれば、本件接続部分に触れたとしても、死亡にまで至ることのなかったものである。本件事故が亡三郎の死亡にまで至ったのは、後記の同人の過失と訴外Tの過失があったためである。したがって、本件扇風機の管理の瑕疵と亡三郎の死亡との間には因果関係が認められないというべきである。

4  国家賠償法一条一項の責任について

(一) コードの修理、点検を怠った過失について

専門家が修理や点検を行うことと、コードの絶縁被覆が年月の経過等により劣化することとは、何ら関係がなく、専門家が点検ないし修理を行っても、使用者がコードの異常を放置した場合には漏電事故は必ず発生するものである。すなわち、専門家が漏電の兆候を有するコードの点検を定期的に行ったとしても、使用者から漏電の兆候があるとの情報提供がなされないときには、その検査は岡田部長が行ったものと同様に視覚でコードの被覆状態を確認することにとどまるものであり、漏電が発生していることの発見は困難であったというべきである。したがって、本件のような事故を防止するためには、まさに名古屋刑務所が受刑者に対して教育していたように、異常を認めた場合には直ちに職員に報告を行うことなどを内容とする作業安全衛生心得の徹底こそが重要である。そして、後記のとおり、名古屋刑務所においては作業安全衛生教育が徹底されていたのであり、岡田部長らがコードの修理や点検を専門家に求めなかったことをもって、その管理に過失があったとはいえない。

(二) 安全教育不十分の過失について

名古屋刑務所においては、刑務作業が労働基準法等一般の労働関係法令の適用を受けないことから、一般の労働安全関係法令の趣旨を尊重して作成された就業者作業安全衛生心得などにより、入所時教育、工場就業時教育等の場面で、作業に従事する受刑者に対し、右作業安全衛生心得に従って就業する義務が存することを明らかにし、その内容の周知徹底を図るとともに、作業に従事する受刑者が作業安全衛生心得に違反した場合には、その都度職員が注意、指導を与えることはもとより、違反の程度が甚だしい場合には懲罰を科すなどして、作業上の災害防止を図っていた。右作業安全衛生心得は、安全衛生の基本心得(作業の心得等)、共通的安全衛生心得(電気機械器具取扱の心得等)など多岐、多様にわたっているが、特に電気機械器具の取扱については、①作業開始前に、コードの損傷、取付部の緩み・はずれ・破損、アースの状態などを点検し、異常を発見したときは職員に報告すること、②スイッチの入り切りを確実に行うこと、③手、足、作業服が濡れているときや裸足のときは、電気機械器具や配線に触れないように注意することを規定している。

その他、名古屋刑務所では、毎週月曜日を「作業安全の日」に指定し、第五B工場を含めた全工場において、指定した受刑者に右作業安全衛生心得ないし作業標準書を読み上げさせ、次いで工場担当者ないし作業技官等の職員が作業安全衛生に関する訓示を行い、事故防止を図っていた。また、第五B工場においては、右「作業安全の日」以外にも、ほぼ毎日のように職員による事故防止のための訓示を行っていた。特に扇風機の取扱については、岡田部長において、平成元年六月ころの訓示の際に、「扇風機を移動するときには、スイッチを切りプラグを抜いてから移動しなさい。」、「手足が濡れているときは、タオルで拭きなさい。」などと訓示し、さらに、安全月間である同年七月には、「扇風機は、指定した者以外触っちゃいけない。」との訓示を行い、同工場の就業受刑者全員に対して具体的に注意を喚起していた。

5  亡三郎及び訴外Tの過失について

(一) 亡三郎の過失

(1) 亡三郎は、入所時教育期間及び第五B工場就業時における作業安全教育を受けていたうえ、本件扇風機をコードも含めて毎日点検していたのであるから、右点検によりコードの絶縁テープに異常を認めた場合、直ちに使用を中止して職員にその旨を報告する義務があった。

しかし、同人は、本件事故発生の前日、点検によりコードの漏電の兆候を感知していたにもかかわらず、前記作業安全衛生心得に違反し、職員にその旨を報告することなく、本件扇風機の使用を継続し、その結果本件事故を引き起こした。亡三郎において、作業安全衛生心得や岡田部長の訓示等に従い、漏電の兆候を認めた時点で直ちに職員に報告していれば、本件事故は未然に防止できたはずである。

したがって、亡三郎において右報告義務に違反して本件扇風機の使用を継続したことが、本件事故発生の最大の原因であったというべきである。

(2) 感電による死亡事故を防止するための大原則は、電気機械器具を取り扱うにあたって、濡れた手や裸足の状態でこれに触らないことにある。そこで、名古屋刑務所では、前記のとおり電気機械器具の取扱の心得に、手足や作業服が濡れているときや裸足の状態で電気機械器具や配線に触れないように注意する旨の規定を設け、入所時教育期間から繰り返して実施している作業安全衛生教育により、その内容を受刑者に周知徹底させていた。

しかるに、亡三郎は、本件事故発生当日、作業安全衛生心得等に違反し、本件扇風機のコードのプラグがコンセントから抜かれているか否かの確認をしなかったのみならず、事前に漏電の兆候を認めていたにもかかわらず、散水作業及び水を被ったことにより作業服等が濡れたまま、本件扇風機のコードを片付け始め、その結果本件事故を引き起こしたものである。

したがって、亡三郎には、プラグが抜かれているか否かの確認を怠り、かつ、自己の手が濡れたままの状態で、本件扇風機の片付けを行った過失があった。

(二) 訴外Tの過失

名古屋刑務所では、受刑者に対し、作業安全衛生心得により、設備、機械、電気機械器具は、指定された者以外取り扱わないことを教育し、前記のとおり、岡田部長もその旨訓示していたのであって、訴外Tはそのことを承知していた。それにもかかわらず、訴外Tは、亡三郎専用の本件扇風機を同人に無断で手元スイッチを切っただけでプラグを抜かないまま移動させ、アース良好な鉄板の上に置いたという過失があった。

本件事故発生の主原因は、前記のとおり亡三郎の過失にあったが、本件事故が死亡事故にまで至ったのは、右訴外Tの過失が介在したからである。

四  被告の主張に対する原告らの認否及び反論

1  被告の主張1の事実について

(一)の事実のうち、第五B工場が鋳物製造工場であること、同工場における作業手順が被告主張のとおりであること、業者提供の物品の管理を名古屋刑務所が行うこととされていたことは認めるが、その余は知らない。

(二)の事実のうち、本件事故発生当日、同工場の担当職員が岡田部長であり、同人が作業実施上の監督等に当たっていたこと、亡三郎が訴外T、同Y及び同Mとともに溶解作業に従事していたこと並びに亡三郎がキューポラ班の班長でありハンドル作業に従事していたことは認めるが、その余は知らない。

(三)の事実のうち、同日の作業終了後、訴外Tがソケットプラグを抜かないままで本件扇風機を同工場東側出入口付近の屋外に運び出したこと、同所付近の状態が被告主張のとおりであったこと、鉄板の上に本件扇風機の脚一本が乗せられたためにアース良好な状態になったことは認めるが、その余は知らない。

(四)の事実のうち、亡三郎が本件扇風機のコードを手に持ってそのモーター部にコードを巻き付けようとしていたこと、その直後、訴外Tが「Tさん。電気、電気」という亡三郎の声を聞いたこと、訴外T及び同Yが見た亡三郎の姿勢が被告主張のとおりであったこと並びに亡三郎が被告主張の位置付近に倒れていたことは認めるが、その余は知らない。

2  被告主張2の事実は認める。

3  同3の主張は争う。

なお、被告はコードの絶縁不良等が予見不可能であった旨主張するが、国家賠償法二条一項に基づく責任は無過失責任であるから、右主張はそれ自体失当である。

4  同4の主張は争う。

5  同5の主張は争う。

本件事故発生前、本件扇風機は一応の使用に供することができたから、亡三郎において、漏電の兆候を認めたとしても、これを直ちに報告する義務があったとまではいえない。刑務作業においては、器具等に異常が存することは日常茶飯事であって、通常の労働現場と異なり、それを直ちに申告して修繕する体制はなく、受刑者にその申告義務を課す状況にはなかった。

亡三郎が本件扇風機を片付けようとした際、同人の衣服が濡れていたとしても、同人の手足が濡れていたかどうかは明らかではない。

五  仮定抗弁(過失相殺)

亡三郎には、本件事故発生につき前記のとおりの過失が存し、かつ、受刑者において、作業安全衛生心得や作業安全の必要に基づく職員の指示に違反することは、作業安全義務違反として懲罰の対象ともなるものであって、一般社会の労働現場における作業安全義務に違反する過失の程度に比較して、より重大な過失であったといわなければならない。

したがって、仮に被告に本件事故の損害賠償義務があるとしても、損害額の算定にあたり大幅な過失相殺がなされるべきである。

六  仮定抗弁に対する認否及び反論

被告の過失相殺の主張は争う。

過失相殺は、対等な立場の当事者の間で損害を公平に負担するという考え方である。作業の種類、方法等につき、受刑者の自由に委ねられた範囲が極めて小さい刑務作業中に発生した事故について、受刑者の過失を論じることは相当でない。また、仮に受刑者の過失を斟酌するとしても、最小に評価すべきである。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一請求原因1の事実(亡三郎の服役、本件事故の発生)は、当事者間に争いがない。

二本件事故発生に至る経緯(被告の主張1)について

被告主張の本件事故発生に至る経緯のうち、①第五B工場が鋳物製造工場であり、同工場における作業手順は、予め鋳型を造り、キューポラ内で溶解させた湯を右鋳型の中に流し込んで鋳物製品を製造し、その後製品を研磨して出荷するものであること、②本件扇風機は、業者から提供されたものであったが、名古屋刑務所において管理することとされていたこと、③本件事故発生当日、同工場の担当職員が岡田部長であり、亡三郎、訴外T、同Y及び同Mが溶解作業に従事し、亡三郎がキューポラ班の班長として湯つぼのハンドル操作を担当していたこと、④同日の作業終了後、訴外Tが、ソケットプラグをコンセントから抜かないまま、本件扇風機を同工場東側出入口付近の屋外に運び出したこと、⑤同所に敷かれていた鉄板上に本件扇風機の脚一本が乗せられたため、本件扇風機がアース良好な状態となったこと、⑥亡三郎において、本件扇風機のコードを手に持ってそのモーター部に巻き付けようとした直後、「Tさん。電気、電気」と叫び、それを聞いた訴外Tが亡三郎の方を見た際、亡三郎は、革手袋をはめた右手にコードを持ち、両膝を前に突き出すように軽く曲げ、引きつけを起こしたような姿勢で今にも倒れそうに上体を反らして立っていたこと、⑦これと前後して、訴外Yにおいて、亡三郎が、中腰で両膝を前に折り曲げ、両肘を少し曲げて前に突き出すような姿勢で、両手で本件扇風機を抱えるようしていたのを目撃したこと、⑧その後、亡三郎が、同工場東側出入口付近の屋外にあった水を溜めるドラム缶の東側において、頭を南向きにして両手を頭の方に出した格好でうつ伏せに倒れたことは、当事者間に争いがない。

そして、〈書証番号略〉、第五B工場キューポラ作業の状況を撮影した写真であることについて争いのない〈書証番号略〉、証人T及び同岡田勇保の各証言並びに弁論の全趣旨を総合すると、本件事故発生に至る経緯について、被告の主張1記載のその余の各事実を認めることができる。

三亡三郎の死亡原因(被告の主張2)については、当事者間に争いがない。

四本件扇風機のコードについて

亡三郎の前任のキューポラ班班長であった訴外Kが、平成元年六月ころ、岡田部長の許可を得て本件扇風機のコードの接続作業をし、その結果、本件扇風機のコードは、本件接続部分で、太さの異なるコード(本件扇風機の本来のコードは直径七ミリメートルであり、後に接続されたコードは直径九ミリメートルであった。)が接続され、全長が8.85メートルとなっていたことは、当事者間に争いがない。

〈書証番号略〉並びに前掲証人岡田の証言によれば、①本件扇風機の本来のコードは長さ1.98メートルであり、後に接続されたコードは長さ6.87メートルであったこと、②本件接続部分は、長さ約一三センチメートルにわたって黒色のビニール製絶縁テープで覆われており、その太さは最大で2.5センチメートルであり、右黒色絶縁テープの内側には白色のビニール製絶縁テープが巻かれていたこと、③本件接続部分に巻き付けられていた絶縁テープは、一般に市販されているものであって、5KV/一分間の絶縁耐力(これは五キロボルトの電圧を一分間加えても破壊されないだけの品質が保障されていることを意味する。)があるものであったこと、④本件事故発生直後、本件事故現場に駆けつけた法務技官が自動絶縁抵抗計で本件扇風機本体の絶縁状態を測定したところ、測定値は一メグオームであって許容範囲内であったが、同技官がコードを点検すると、本件接続部分に巻き付けられていた絶縁テープが全体的に膨らんだ状態で、本件扇風機本体に近い部分の黒色絶縁テープが長さ約二センチメートルにわたって部分的に擦り減り、内側の白色絶縁テープがまだら状に見えていた(なお、本件事故発生直前における本件接続部分の絶縁テープの状態については、証拠上明らかではない。)ことが認められる。

なお、〈書証番号略〉並びに前掲証人岡田の証言によって、訴外Kが電気工事の経験を有していたことがうかがえるものの、同人が電気工事の資格を有していたことを認めるべき証拠はない。

五国家賠償法二条一項の責任(営造物責任)の有無について

(一) 国家賠償法二条一項の営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、これに基づく国の賠償責任については、その過失の存在を必要としないと解するのが相当である(最高裁判所昭和四五年八月二〇日第一小法廷判決・民集二四巻九号一二六八頁参照)。そして、右瑕疵があったとみられるかどうかは、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的、個別的に判断すべきものである(最高裁判所昭和五三年七月四日第三小法廷判決・民集三二巻五号八〇九頁参照。)。

ところで、国家賠償法二条一項の適用が問題となるのは、営造物の設置又は管理の瑕疵であって、営造物そのものの瑕疵ではない。したがって、営造物責任を問うためには、営造物そのものが通常有すべき性状、設備を備えていないことだけでは足りず、営造物の安全性の欠如が客観的に営造物管理者にとって管理可能な状況のもとにあることが必要であるというべきである。換言すると、営造物の安全性の欠如、事故の発生が不可抗力によるものであったり、営造物管理者にとって回避可能性のないものであった場合には、設置又は管理の瑕疵はなかったといわざるを得ない。

(二) 本件事故発生当時、本件接続部分が絶縁不良の状態にあったことは、当事者間に争いがない。したがって、本件扇風機のコードが通常有すべき安全性を欠いていたことは明らかである。

(三) 刑務所は、受刑者の生命、身体の安全を確保する責任を負っているものであり、このことは、受刑者を刑務作業に従事させる場合にも同様である。そして、刑務作業は強制作業である性質を有し、作業の種類、方法、用具の選択等について受刑者の自由に委ねられる範囲は極めて小さいことからして、刑務所ないし刑務官において事故防止のためにとるべき措置は、一般社会において同様な作業を行う場合より高度なものでなければならないというべきである。特に、電気機械器具の欠陥は、受刑者の生命、身体の安全を脅かすものであることを考慮すると、その管理体制は特に厳重でなければならない(この電気機械器具の危険性を考慮したからこそ、法務省矯正局の作成した就業者作業安全衛生心得(〈書証番号略〉)中に、電気機械器具取扱いの心得が詳細に規定されているとみられる。)。

〈書証番号略〉並びに前掲証人岡田の証言によれば、①本件接続部分について、訴外Kが接続した直後、電気工事について素人である岡田部長が絶縁テープの状態を確認しただけで、接続作業をした後一年以上も経過して発生した本件事故に至るまで、名古屋刑務所は電気技師等の専門家による本件接続部分の点検を一度も行わなかったこと、②岡田部長は、平成元年六月下旬ころ及び平成二年七月下旬ころの二度にわたって、第五B工場に配置されていた扇風機(本件扇風機以外のもの)のコードの被覆が焦げた(原因は湯が飛び散ったことによるものと推測される。)のを受刑者に修理させたことがあったが、いずれの場合も、その受刑者について電気工事の経験の有無や資格を問うことなく、絶縁テープを巻かせただけで済ませていたこと、③岡田部長は右コードの破損及び修理内容についてその都度上司に報告したが、上司からその点検等について格別の指示はなかったことが認められる。また、証拠上、名古屋刑務所において、電気機械器具の修理、点検をどのような資格を有する者に行わせるかについて、格別の準則を定めていたとは認められない。

このような事情のもとにおいては、名古屋刑務所における電気機械器具の管理体制には不備があったというべきであり、本件扇風機のコードの安全性の欠如が、不可抗力によるもの、或いは、管理者たる名古屋刑務所にとって回避可能性がなかったものと認めることは到底できない。

結局、本件においては、本件扇風機の管理に瑕疵があったというべきである。

なお、本件において、後記認定のとおり、亡三郎が本件扇風機を取り扱うに際して過失があったことは否定できないが、そのことは右認定を左右しない。

(四)  本件事故は、本件扇風機の管理の瑕疵に加えて、後記認定の亡三郎の過失及び訴外Tの過失が競合して発生したと認められるが、亡三郎らの過失の存在によって、本件扇風機の管理の瑕疵と本件事故との間の因果関係を否定することはできないというべきであり、亡三郎の過失は過失相殺において考慮すれば足りる。

六仮定抗弁(過失相殺)について

〈書証番号略〉並びに前掲証人岡田及び同Tの各証言を総合すると、亡三郎は、名古屋刑務所に入所後間もない時期及び第五B工場に配置された直後に、就業者作業安全衛生心得に基づく入所時教育及び第五B工場就業時教育をそれぞれ受けていたこと、右作業安全衛生心得には、「作業開始前に、コードの損傷、取付部の緩み、はずれ、破損、アースの状態などを点検し、異常を発見したときは、職員に報告すること」、「スイッチの入り切りは、確実に行うこと」、「手、足、作業服がぬれているときやはだしのときは、電気機械器具や配線に触れないように注意すること」等が規定されていること、亡三郎は、本件事故発生の日の前日ころ、舎房において「私の扇風機もビリビリ来るんだわ。」などと本件扇風機に漏電の兆候がある旨同房者に話していたが(もっとも、亡三郎が本件扇風機のどの箇所に漏電の兆候を感知していたかは、証拠上、明らかではない。)、その旨を担当の岡田部長ら職員に報告していなかったこと、亡三郎は、本件事故発生直前に水を被り衣服が濡れた状態のまま、本件扇風機のソケットプラグがコンセントから抜かれているかどうかを確認せず、本件扇風機のコードを片付け始めたことが認められる。

右認定事実からすれば、本件事故発生について亡三郎に過失があったことは明らかであり、右過失は本件損害賠償額の算定に当たって斟酌すべきであって、亡三郎或いは原告らの受けた損害額からその三割を控除した残額を被告に賠償させるのが相当である。

七損害

1  亡三郎の損害

六〇八七万九八〇七円

(一)  逸失利益

四二八七万九八〇七円

亡三郎が、昭和三七年六月六日生まれ(本件事故発生当時二八歳)であって、本件事故発生当時名古屋刑務所に服役中であったこと及び同人の刑期終了予定日が平成四年一一月一二日であったことは、当事者間に争いがない。

〈書証番号略〉、前掲証人岡田の証言、原告春子及び同冬子の各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、亡三郎について、①中学校卒業後、美容専門学校を中退し、アルバイト的な勤務を転々としたうえ、二〇歳ころ大阪市内の暴力団松井組に加入し、次いで、二二歳ころ三重県伊勢市内の暴力団山口組内中西組内山川組の組員となったこと、②昭和六一年ころから昭和六三年八月九日ころまで、同組組長が実質的に経営する有限会社○○タイムスにおいて取材企画の仕事に従事し、約一五万円の月収を得ていたこと、③右会社で知り合った原告春子と同年八月二八日婚姻したこと及び④受刑中は、キューポラ班の班長として真面目に就業し、生活態度も真面目であり、受刑中の日記にも、原告春子や家族に迷惑をかけたことを反省し、出所後は真面目に働いて頑張る旨の更生へ向けた気持ちが綴られていること、並びに、原告二郎、同冬子と原告二郎の義理の叔父である甲野四郎との間において、亡三郎の出所後は、右四郎が経営する××運輸株式会社に亡三郎を運転手として就職させる話(亡三郎は運転免許(免許の種類は普通)を有していた。)が進んでいたことが認められる。

以上の事実から考えると、被告の主張するように、亡三郎の更生の余地が極めて低く、同人が将来正業に就いて社会的に正当な収入を安定的に取得し得るとはいい難いと断ずることはできず、亡三郎は、本件事故に遭わなければ、遅くとも本件事故発生の約三年後である同人が三一歳に達したときから六七歳までの三六年間にわたって、平成三年度賃金センサス第一巻第一表による産業計・企業規模計の小学・新中卒の三〇歳から三四歳の男子労働者の平均賃金(年額四一二万一六〇〇円)の八割相当額程度の収入(年額三二九万七二八〇円)を得ることができた稼働能力を有していたものと認められる。

右収入額を基礎として、生活費として右収入額の三割を、新ホフマン式計算法によって中間利息をそれぞれ控除して、亡三郎の逸失利益の総額を計算すると、次の計算式のとおり四二八七万九八〇七円となる。

3,297,280×(1−0.3)×(21.309−2.731)=42,879,807

(二)  慰謝料 一八〇〇万円

本件事故の内容、亡三郎の年齢、家庭状況等本件に現れた諸般の事情を総合すると、亡三郎の死亡に対する慰謝料としては、一八〇〇万円をもって相当と認める。

2  原告春子、同夏子及び同一郎の相続

原告春子が亡三郎の妻であり、原告夏子及び同一郎が亡三郎の子であることは、当事者間に争いがない。

したがって、亡三郎の損害金について、法定相続分にしたがい、原告春子は二分の一である三〇四三万九九〇三円を、同夏子及び同一郎は各四分の一である一五二一万九九五一円を、それぞれ相続により取得したことになる。

3  原告春子固有の損害

一〇〇万円

葬儀費用は、原告ら主張の金額をもって相当と認める。

4  原告二郎及び同冬子の固有の損害

二〇〇万円

亡三郎が原告二郎、同冬子夫婦の長男であることは当事者間に争いがなく、同原告らにおいて、亡三郎を本件事故によって失ったことにより、著しい精神的苦痛を被ったことは明らかである。右精神的苦痛に対する慰謝料としては、各一〇〇万円をもって相当と認める。

5  過失相殺

前記の亡三郎の過失を斟酌すると、右に認定した各損害額のうち被告に賠償させるのは、原告春子について二二〇〇万七九三二円、同夏子及び同一郎について各一〇六五万三九六五円、同二郎及び同冬子について各七〇万円をもって相当とする。

6  損益相殺

原告春子が、平成三年四月五日、監獄法に基づく特別手当金として三四〇万三〇〇〇円を受領したことは、当事者間に争いがない。したがって、原告春子について前記認定の金額からこれを控除すると、残額は一八六〇万四九三二円となる。

7  弁護士費用 四二〇万円

本件事案の内容、審理経過、請求認容額等に鑑みると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用として原告らが被告に請求できるのは、原告春子について二〇〇万円、同夏子及び同一郎について各一〇〇万円、同二郎及び同冬子について各一〇万円と認めるのが相当である。

8  原告らが取得した損害賠償請求権の額

以上により、原告らが被告に対して有する損害賠償請求権の額は、原告春子について二〇六〇万四九三二円、同夏子及び同一郎について各一一六五万三九六五円、同二郎及び同冬子について各八〇万円となる。

八結論

以上の次第で、原告らの本訴請求は、被告に対し、原告春子において二〇六〇万四九三二円、同夏子及び同一郎において各一一六五万三九六五円、同二郎及び同冬子において各八〇万円及び右各金員に対する平成三年六月一五日(記録上明らかな本件訴状が被告に送達された日の翌日)から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由がある。

よって、原告らの請求を右の限度で認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を適用し、仮執行宣言については相当でないのでこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官妹尾圭策 裁判官新井慶有 裁判官園原敏彦)

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